
大好きだった先輩が、先月亡くなりました。
何度も一緒に仕事をして、仕事のこと、人生において大切なことなど、多くを教わりました。
まだまだ教えて欲しいことが沢山あったのにな・・・
寂しくても先輩の分まで精一杯、悔いの無い生き方をしなければいけませんね。
「頑張って!!

」と空から応援してくれている、彼女のお日様のような笑顔が目に浮かびます。
なかなか思うように更新出来ません

一つの記事が長過ぎるせいでしょうか・・・。

6月にイギリスの湖水地方で満開だった石南花(シャクナゲ)
今月はもう少し頑張りま〜す
イタリアのウンブリア州、ローマから鉄道で1時間半程のところにスポレートの街はあります。
日本人のツアーではほとんど訪れることはありませんが、アッシジの近くと言えば分かりやすいかもしれません。
そんな小さな街に、初期ルネッサンスの巨匠 フィリッポ・リッピの最後の絵がひっそりと存在しています。

スポレート大聖堂<サンタ・マリア・アッスンタ聖堂>

正面の祭壇画から続く壁画と天井画がリッピの遺作「聖母の生涯」のフレスコ画です。

まずは天井画「聖母戴冠」

聖母マリアが臨終の際、肉体とともに昇天し、父なる神より冠を授かる場面。
周りにはそれを祝福する天使たちが描かれています。
リッピはこの絵をある程度まで完成させるも、病に伏し亡くなってしまいます。
その後、息子のフィリピーノ・リッピが完成させました。

「聖母戴冠」の下にはマリア臨終の時が描かれています。
聖母マリアは大天使ミカエルから自身の臨終を告知されるらしいので・・・
ミカエルはどこじゃ〜〜 と探してみる。

これ?
この右の青い羽の人??
ミカエルは人間と冥界をつなぐ役割を持ち、最後の審判の時に大活躍する天使です。
通常、剣と秤をもった姿で表されるのですが・・・
何だかよく分からないものを持っています。
これ何でしょう? ご存知の方いたら教えて下さい!

正面向かって左側、柱の絵を境に描かれているのは「受胎告知」
聖母マリアが大天使ガブリエルから「あなたは男の子を産みます。名前はイエスです

」
と告げられる場面。
神がちゃ〜んとその場面を見ていますね。

「え〜、私そんな・・・身に覚えがないのに・・・」
大天使の手には、マリアの純潔を象徴する白いバラが握られています。

「受胎告知」の反対側にはイエス誕生の場面
ここにも大天使が駆けつけた模様。

こちらはまた別の壁。
聖母子と洗礼者ヨハネが描かれています。
それにしてもヨハネさん、イエスより6ヶ月早く生まれただけなのに、随分成長しちゃいました・・・
洗礼者ヨハネはイエス・キリストにヨルダン川で洗礼をした人。イエスのいとこです。
らくだの毛皮をまとい、腰に皮の帯を締め、葦で作った長い十字架を持つ姿で描かれます。

それにしても美しいですね〜。この聖母子。
ため息が出ます・・・
フィリッポ・リッピといえば、フィレンツェのウフィッツィ美術館にあるこちらの聖母子が有名ですよね。

フィリッポ・リッピは1406年頃にフィレンツェで生まれます。
幼い頃に両親を亡くし修道士として生きることになったのですが、勉強には全く興味を示さず、本に落書きばかりしている、どうしようもない子供だったそうです

大人になったリッピはとにかくものすごい女好き・・・

女性のお尻ばかり追い回してちっとも仕事をしないリッピはついに、パトロンであったメディチ家の老コジモによって仕事場に閉じ込められてしまいます!

ところがリッピはシーツを切って脱出ロープを作り、窓から逃げ出して思う存分放蕩にふけったとか・・・

恋愛も芸のこやしということでしょうか〜??

そんなリッピが50歳のとき、ついに事件が起こります

なんと23歳の修道女を妊娠させてしまったのです。
時代はキリスト教全盛期。教会の力は絶大。大変なスキャンダルです。
通常なら宗教裁判にかけられ破門どころじゃ済まされない・・・

という状況を救った(=お金を出した

)のは、またしてもパトロンの老コジモでした。
2人は教会から許され、教会で結婚式まで上げ、息子のフィリピーノと娘まで生まれて幸せに暮らしたそうです


妻のルクレツィアをモデルにして描いた、人間味溢れる聖母子。
今までの時代のむっつりしたマリア様とは明らかに違います。
この絵が発端となって、他の画家も人間らしいマリア様を描くようになったのだとか。
そうそう、かの有名なボッティチェリはリッピの弟子なんですよ!
1469年10月、フィリッポ・リッピはスポレート大聖堂の壁画制作半ばにして亡くなります。
享年63歳。老コジモの孫・ロレンツォ豪華王によってスポレートに埋葬されました。

坂の途中から見たスポレートの町並み
スポレートは素朴でとても美しい田舎町です。
美味しい豚肉やトリュフの産地でもある美食の町。
またいつか、この美しい壁画を見に訪れたい、私の隠れ家的な場所のひとつです
今月はまだブログの更新が出来ます。
予告:来月は久しぶりに忙しくなるので、ほとんど更新出来ません〜

今回は南米メキシコの首都、メキシコ・シティにある国立宮殿という建物に描かれた、
画家ディエゴ・リベラの壁画をご紹介します。
(また美術館じゃないのですが・・・)
町の中央広場をソカロと言いますが、そのソカロに面して建っているのがこの国立宮殿。

アステカの征服者コルテスが植民地の本拠として宮殿を建て、その後大改革を経て現在の姿に。
くるりと振り返ると、右手にそびえるのが巨大なメトロポリタン・カテドラル

元々アステカの最高神を祀る神殿があったのを破壊し、その同じ石材でカトリックの大聖堂を建造したのだとか。
別の宗教の神殿があったところに新しく来た民族の宗教神殿や教会が建つ、というのは世界中のいたるところで、どの時代にも、見られることではありますが・・・スペイン人の侵略はさぞかし凄まじかったのだろうなぁ、としばし感傷に耽る・・・。
気を取り直して、目的の国立宮殿へ向かいます。
ソカロには面していない、脇の入口でセキュリティーのチェックをし中庭へ。

リベラの壁画は建物の外壁ではなく、この中庭に面した回廊の壁に描かれています。
「メキシコの歴史」
正面階段に向かって右側 <アステカ時代>
白い神ケツァルコアトルに統治された平和なアステカ世界が描かれています。

中央部 <征服から1930年まで>
新しいメキシコ国家の象徴である、蛇をくわえた鷲を中心に、
アステカ帝国最後の皇帝とスペインの征服者コルテスとの激しい戦闘から始まった征服・植民地時代
&
独立以降の歴史的な事件の数々(アメリカの侵略、改革とファレス時代、独立運動、ディアス独裁時代、フランス干渉とマクシミリアン皇帝時代)
と、複数のテーマが一体となって構成されています。

左側 <メキシコの現在と未来>
メキシコ革命から共産主義社会の実現を指し示すマルクスに率いられたプロレタリア革命への道を歩む、現在と未来における民衆の勝利。

下から見上げた中央部分。
大きさがお分かり頂けると思います。

2階の回廊
湖に浮かぶアステカ時代の都・テノチティトランとアステカの人々
(14世紀〜16世紀のコルテス侵略の頃まで、現在のメキシコ・シティは複数の湖の上に成る水上都市でした。征服後、湖の埋め立てが続き街は現在の姿になったのですが、地盤が弱いために雨が降るとあっという間に水没します。)
この他、各地域の特色を表した絵なども続いていきます。
これらの壁画は1929〜35年、リベラ30代の作でフレスコで描かれています。
そもそも、
ディエゴ・リベラって誰?? という話ですが・・・
フリーダ・カーロの夫、と言えば分かりやすいでしょうか

日本ではフリーダの方が有名ですが、メキシコを代表する画家で、スペインやパリのモンパルナスでも絵を学んでいます。
当時のメキシコ壁画運動の中心人物でした。
メキシコ壁画運動・・・メキシコの歴史や革命の意義を文字の読めない民衆に向けて、
公共建築物の壁面に巨大な壁画として再現するというもの。
壁画を通して古代メキシコ文明の栄光とメキシコ革命の理想を
民衆に伝えることで、虐げられてきた民衆の誇りを回復し、
新しいメキシコの未来への確信を与える。
というのが目的。
それにしても、壁画という壁一杯に絵が描かれている状態には圧倒されました・・・
アメリカの抽象表現主義に影響を与えたと言うのもうなずけます。
大きい画面というのはそれだけで人を引き込む魔力がありますね
旅の後半はシティを出てユカタン半島遺跡巡りでしたが、メリダのスーパーで面白い物を見つけました。

野菜コーナーに当然のように並んでいたのは、
サボテン!
ちゃんとトゲは削ってあります。
湯がいて千切りにしてサラダにしたりします。
以外とクセがなくて美味しかったです